日本古流HP/i
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■日本古流の創流2
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その万作翁の計らいにより、一世家元は早くも九歳にして、正風遠州の松雲斎一里先生の門に入り、華道を学びはじめました。万作翁は、その後も陰に陽に一世家元を支えていますが、日本古流胎動期の功労者として大きな存在であったといえましょう。一世家元は松雲斎門下で七年間学びましたが、一里先生が物故されると、直ちに青山御流の晴月園先生に就いて、四年間に及ぶ研鑽をつみました。厳父の薫陶を受け、弱冠で華道の奥義に達するという才能に恵まれていたといえましょう。
その後、転々流遊の旅を続けて、静岡にいたり石州流家元の吸露軒宗匠に就きました。その際手にした甲斐古流の山口素堂先生の遺墨から大いに悟ることがあり、その遺蹟を求めるため、明治三十年、甲府に赴き表千家の大家の薦めで「甲新山古流」として甲斐古流の再興を図るに至りました。
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