日本古流HP/i
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■日本古流の創流1
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明治時代に入ると、欧米文化を取り入れようとする文明開化の風潮が高まり、これまでの伝統的な物事を軽視する傾向が強くあらわれました。いけばなもこの影響を受けて、華道界全体が衰退してしまいました。そのような世相の中で、一世家元角田一忠は確固たる意志をもって華道の研鑽に努め、明治三十三年に当初「甲新山古流」と呼称して、本流を創流したのです。
一世家元は本名を忠三郎といい、松梅斎楽華庵と号しました。明治十七年、群馬県で誕生しましたが、生家は農業のかたわら蚕糸機業を営んでいました。一世家元の厳父、角田万作翁は明治八年から三十六年までを能吏として勤め上げたと伝えらています。政治と科学を趣味としたといわれますが、特に科学的な研究には目を見張るものがあり、当時すでに、いけばなの美の神髄を数学的、幾何学的に追求し、その文献が現在も秘録として残されています。
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